テーブルの上で、小さな炎だけがそこを照らしていた。
それを囲う様に少年少女等は身をより合わせるように集い、その中で一人の少年が細い指を立てた。
蒼い瞳の中で小さな炎が揺れ、その指先にある者は誰かと握り合わせた手を更に強く握りしめ、ある者は酷く楽しそうに目を輝かせ、ある者は呆れたように肩をすくめて。
「父さんから聞いた話なんだけど……その人は国会で働いてる人で、その日…夜遅くまで仕事をしていたんだって。」
細い指を立てた少年、クルシェが酷く静かな声で言う。
国会、と聞いて真っ先に浮かんだのは街にある国会議事堂であり、少年の父親もそこで現在働いている。
よってその話はぐっと身近な話へとなり、何故そんな身近な話をするのかと誰かが顔を顰める。
「すごく暑い日だったみたいで、いつも抜群の集中力を見せていたその人も、ちょっとしたミスをしたらしいんだ。」
「ミス…?」
「ミス…と言うより、途中で仕事に必要な事項を忘れちゃっただけなんだど……それで、別室にある書類を確認しに行ったんだって。」
イリヤが小さな声で問うと、少年は少し言葉を変えて話を続ける。
国会で働く者であれば、何よりも確実な事実を書かねばならない。
曖昧な事柄や数字は決して書ける仕事ではなく、人々を騙す事など言語道断。
仕事熱心だという彼は、尚更確認しないという道は許さなかった。
何よりもその仕事を誇りとしていたと言う。だからこそ、夜遅くまで仕事をこなしていた。
「それで外に出た時、風が吹きこんできたんだって。」
「その風に、何かあったのか?」
「いや、ただの夜風だったみたい。少し気分転換も兼ねて、その人は夜風を浴びながらゆっくり別室へ向かったんだって。」
話の結末はまだかと急かすように言ったのはテクスであり、クルシェはそれを宥めながら言う。
しかし話の進展はあるのだろう、クルシェはさらに声を細める。
「別室に辿り着いたその人は、必要な書類を探すんだけど………でも、見つからなかったんだって。」
「見つからなかった…?」
「国会の書類が無くなる、なんて大変な事だろ?そこから大慌てでその人は探しまわって………ふと、扉が開いてる事に気付いたんだ。」
「もちろん、その人はちゃんと閉めたんだよねっ?」
「うん。だからその人も驚いて、扉の外へと出てみたんだ。そしたら…見覚えの無い全身鏡がそこにあったんだって。」
「かっ、かかかか、鏡…っ!?」
彼の言葉に食いついたのは先ほどから目を輝かせていたイリヤであり、続く言葉についに耐えきれず奏が両手を握りしめて。
「その人は何かと思って鏡に近づくと、鏡の中に探していた書類が映ってたんだ。それで、その人が思わず手を伸ばすと………。」
「伸ばすと………?」
面白くなってきた、とレティが身を乗り出し、手を握り合わせていた誰かが身を縮める。
「鏡の中から手が出て来て物凄い力で掴まれ」
「―――いやぁぁぁぁぁあっ!?」
「っぎゃぁぁぁぁーーー!?」
耐えきれず、リンとティルが悲鳴を上げ、その悲鳴を聞いて隣に座っていた奏が悲鳴を上げる。
更にその隣に座っていたテクスが三人の悲鳴に耳を塞ぎ、同様にレティもパープルの瞳を閉じ、見事な悲鳴に苦笑を零して。
一方でイリヤが悲鳴に不満そうにオレンジの瞳を揺らしながらも、クルシェにせがむように彼の腕を掴む。
「もうっ、皆怖がりすぎだよ!それでクルシェ、その後はっ?」
「わーっ、わーっ、もういいっ、もういいよイリヤ、クルシェ、これ以上は駄目ーッ!!」
「そそそそそっ、そうですわイリヤっ!あぁぁ、貴方、なんでそんな平然としてますのっ!?」
「えーっと………。」
リンが涙目でそれを必死に叫ぶ事で止め、ティルもまたリンの手を握りしめたまま声を荒げる。
予想以上の反応にクルシェは内心楽しみながらも苦笑を零し、どうしたものかと頬を掻く。
不意にリンの隣に座っていたウィリアが足を組み、不気味な笑みを零して。
「ふふ、この程度で怖がってたら魔界での怪談は聞けないわよ…?」
「いやぁぁぁっ、駄目止めてお願い許してウィリアーっ!?」
「コラコラ、あまり怖がらせては駄目ですよ、ウィリア?」
その言葉にリンが更に喚き声を上げ、その様子にウィリアは口元を緩める。
リンを助ける為か、ウィリアに制止の声を掛けたのはカルトであり、彼は相変わらずの様子で茶をすする。
少女等の様子にこれ以上の続行は無理と判断したのか、身を乗り出していたレティとテクスが背もたれに背を戻す。
「くっだらねー。ただの作り話だろ、いちいち騒ぐなよ…。」
「えっ、作り話なの!?」
「んー、父さんから聞いたってのは本当だけど…そこら辺は分からないかな。」
一方で最初からほとんど聞き流していたフェルトが頬杖をついて素直な感想を述べる。
その言葉に奏がクルシェに確認するが、返ってきたのは曖昧な返事だった。
「って言っても、そんなとんでもねぇ話がある訳ねーだろ…?」
「何言ってんだよフェルト、もしかしたらあるかもしれねーだろ?」
「…って言ってるけど、有り得るんですかねレティさん?」
「ちょ、変な所で俺に振るなよ…。…まぁ俺もそう言うのはねぇと思うけどな、あくまでウィザードの立場から言わせてもらうと、だが…。」
フェルトの言葉に反論したのはテクスであり、どちらかと言えば彼は"そう言うのがあったら良いな"と言った好奇心だろう。
だからこそ彼は全てをレティに託すが、彼はウィザードとして魔法理論に長けている。
よってちっともそう言った類の話は信じておらず、それとは別に話を純粋に楽しむタイプらしい。
「もうっ、何言ってるのよ皆!そんな夢も希望も無い事いわないでよ!」
「なんで怪談話に夢や希望を持たなくちゃならねーんだよ…?」
「良いじゃない別に、怖いのって楽しいじゃない!ねぇっ、皆!?」
そんな男性軍に異論を唱えたのはイリヤであり、彼女は小さな拳をテーブルに軽く叩き落とす。
ダンッと小さな音と共に一同を照らしていた蝋燭の火が揺れ、フェルトの言葉に耳を傾ける事無く、イリヤは酷く真剣な表情でリン達を見やる。
「楽しくないっ、全然楽しくないっ!!」
「そ、そんなぁー………。」
しかし彼女等は身を縮めたまま全力で首を横に振り、そんな女性軍にイリヤは深く肩を落とす。
かれこれ怪談を始めてから三十分程度は経っただろうか。
気だるさが募ってきたのだろう、フェルトが小さく息を吐き出す。
「もうそろそろ良いだろ、解散しねぇ?」
「えーっ!?」
「ちょ、ちょっとフェルト、あんたさっきからノリ悪すぎよ!」
「……って、言われてもよ………。」
無論、真っ先にブーイングを飛ばしたのはイリヤだった。
一方で奏も何だかんだで楽しんでいるのだろう、フェルトの態度に文句をとばす。
それをフェルトは素直に受け止めはするが、あまり面白みを感じないのだろう黒髪を掴む。
「じゃぁフェルトも何か知ってる怖い話一個してよ!ほらほらほら!」
「んなもん知らねーよ…。」
「出すまで退席禁止!」
少女の無茶ぶりにフェルトは顔を顰め、暫し考え込むように沈黙する。
誰もが少年の話に期待のまなざしを向け、暫くした後に彼は藍色の瞳を奏へと移す。
何時見ても綺麗なその瞳は、彼が特別な力を持っているからなのだろうか。
思わず奏は目を丸めて背筋を伸ばし…少しだけ長い沈黙が続く。
不意に、藍色の瞳が細められ、彼は呟く。
「………お前、左肩………。」
「ひ―――っ!?」
「ぶっ!?」
「なななななんっ、何っ、何か居るの、ちょ、ま、まって、嘘っ!?」
ポツリ、と呟かれた言葉を聞いて奏は自分でも驚くほどの速度で自身の左肩を掴み、思わず右方へと身を揺らす。
ゴチンと彼女の頭はテクスの口元に直撃し、一方でティル達も奏の左肩から逃れるように左方へと逃げる。
直後、少年は耐えきれず吹き出す。それを堪えるようにフェルトは口元を手で覆いながらも、腹を抱えて。
「別に俺、ただ左肩って言っただけだけど?」
「ちょ、ま、ふぇ、フェルトあんた騙したわねっ!?」
「人聞き悪ぃな、ちょっとふざけただけだろ。」
「っざけんなフェルト、俺がとばっちり食らったじゃねぇか!!」
「テクスは突っ込む箇所が違うわよッ!!」
意図的なそれに奏は無論文句を飛ばすが、彼は口元を緩ませながら知らん顔をして。
一方で別の意味で口元を押さえていたテクスがフェルトに文句を飛ばすが、彼の言葉にもまた奏は更に突っ込みを入れる。
そんな奏の鋭い睨みにフェルトは小さく舌を出す事で応えるが、当然ながらそれは彼女の怒りを煽る行動でしかなかった。
「こ…っ、この性悪男ーっ!?」
「へいへい。」
お陰で少しは楽しめたのか、少年は少しだけ機嫌を取り戻したらしい。
そして誰よりも早く現時刻に気付いたのはカルトであり、彼は時計を見て目を丸めた。
「おや…でもフェルトさんの言うとおりそろそろ解散時間みたいですよ?」
「え?…あっ!やだ、もうこんな時間!」
時刻は十時半を過ぎており、就寝時間までの時間は残りわずかだった。
ギルドの規律を厳しくしているマスターであるリンが慌てて椅子から立ち上がり、一同もつられて席を立ちあがる。
「よしっ、それじゃぁ今日は此処まで!皆、すみやかに寝るように!」
「う〜………はぁーい。」
「おつかれさーん!」
「おやすみなさいませ。」
リンの号令に残念そうに肩を落とす者が居れば、安堵したように胸を撫で下ろす者もいた。
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